5年前

昨日は仕事でしたので、後から来た後輩と「5年前」について話しました。
その頃、後輩は都内に住んでいて、マンションの棟と棟を繋ぐ金具が落ちるのを見たそうです。
私は地震の時、家の3Fに娘と居て、怖くて一歩も動けず ただ地震が納まるのを待っていました。
母が2Fに居るのは分かっていても、様子を見に行くこともできませんでした。
大きな地震の後には揺り戻しが来ることも知っていたので、兎に角もう一度 耐えようと思っていました。
幸い、家には目立った損害は無かったのですが、近所のお寺の瓦と外壁が落ちていました。

翌日が更に大変で、出勤したら店が閉店していて、駐車場の天井が落ちたり、スプリンクラーの水でエレベーターとエスカレータが壊れてしまっていた事実を知り驚愕しました。
店先で、お客さんのメモを受け取り、商品を集め臨時のレジに並んでもらうという方法を取りましたが「欲しい物と違う、中に入らせて欲しい。」というお客さんと宥めたりしたそうです。

何とか1Fだけ復旧したあとも、計画停電でイキナリ真っ暗になり、お客さんが買い物籠に置いていった食品を棚に戻したりしました。
米・パン・ヨーグルト・納豆等は入荷しなくなり、他店を巡ったりしました。
ネット注文したお米は、とんでもないくず米で、こういう時に困った人達に手を差し伸べるのではなくて、悪徳な商売をする人も居るんだとイヤに成りました。


そう言えばあの揺れてる中、お客さんたちがパニックになって逃げている最中にモヤシを品出ししていた人が居たそうです。
他の部門の人も 覚えている伝説なんだって。
後輩が仕事中に ユニフォームを脱いでお水を買いに行っちゃったのも 良く覚えてるし。

TVをつけたら安東キャスターがすっぴんで髪にピンを刺したまま放送していました。
夕方の番組のリハ中に地震が起こったのだろうと思います。
その後の悲惨な映像がショックでした。

後輩とも話したけど「あんなに怖かったのに、忘れてしまうものなんだね。」と思いました。
人は恐しい体験、辛かったことは忘れるようにできているのかも知れないけど、地震の恐ろしさは忘れないでおこうと思います。


私が体験した事は被災地の人たちに比べたらきっと大したことでは無いのでしょうね。
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torota

Author:torota
夫一人、子供二人有りの主婦です。
実母も同居中。
18歳でQUEENからROCKの世界にどっぷり填っています。
今は洋邦問わず浅く広く活動しています。
もしかしたら、ただのミーハーかも・・・
よろしく、お付き合い下さい。


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